深夜1時。あなたはまだ、クライアントに送る資料の「てにおは」を直している。
「もっと良い表現があるはずだ」
「このグラフ、もっと分かりやすくできないか?」
気づけば、たった1枚のスライドに1時間以上。
——そのこだわり、本当に明日につながっていますか?
「より良いアウトプットのために」——そう信じて、資料の体裁や言葉の細部にこだわり、気づけば何時間も溶かしてしまっていませんか?
かつての僕も「神は細部に宿る」という言葉の信者でした。しかし、そのこだわりは本当に成果につながっているのでしょうか?
この記事では、僕がその”完璧主義”という名の沼から抜け出し、「80点でまず出す」という新ルールによって、仕事の速度だけでなく、未来を考えるための「心の余裕」まで手に入れた、リアルな思考と行動の変化を共有します。
なぜ僕たちは「細部」の沼にハマってしまうのか?
過去の僕:「完璧」を追い求め常に”後手後手”だった日々
クライアントから「〇〇の件、どうなっていますか?」と催促の連絡が来る。
僕はいつも「今、対応しております!」と返信しながら、心の中では冷や汗が止まりませんでした。常にボールを打ち返すのに精一杯で、納期に追われプラスアルファの提案どころか、次のタスクのことすら考える余裕がない。
週末もどこか仕事のことが頭から離れず、心が休まらない。まさに「後手後手」の日々でした。
その原因は、自分でも気づかないうちに「完璧」を追い求めていたことにあります。スライドの配色、文言のわずかなニュアンス、念のために追加するデータ…。成果への影響は微々たるものであるにも関わらず、それらの「細部」に膨大な時間を費やしていたのです。
「神は細部に宿る」という言葉の、本当の意味
この言葉は、決して「全ての細部にこだわることが善である」という意味ではありません。
例えば、スティーブ・ジョブズがこだわったiPhoneの箱を開ける体験や、製品の心地よい手触り。それらは、ユーザー体験の根幹に関わる**「本質的な細部」です。彼のこだわりは、製品の価値を決定づけるものでした。
しかし、僕たちが陥りがちなのは、その本質を忘れ、成果にほとんど影響しない「どうでもいい細部」にまで、同じ熱量を注いでしまうという罠です。
資料の体裁を整えることに1時間かけても、クライアントのビジネスは1ミリも前進しません。その区別がついていなかったのです。
この「完璧主義」という病の正体については、別の記事でも詳しく書いているのであわせて読んでみてください。

手が止まる原因は「無数の選択肢」と「決断の先延ばし」
「A案とB案、どっちがいいだろう…」
「もっと良いデータはないか、探してみよう…」
質の高さを追求すればするほど、選択肢は無限に広がります。そして、その無限の選択肢の前で、僕は思考を停止させ、決断を先延ばしにし、ただ時間だけを浪費していたのです。
《無意識に手が止まってしまう「迷い」の具体例》
・メールの文面で「存じます」と「思います」のどちらが適切か、延々と考えてしまう
・資料のロジックが弱い気がして「突っ込まれるかも…」と不安になり、補足データを延々と探し始める
・Aという問題を解決するためにもっと良い方法があるかもしれないと、ネットサーフィンが止まらなくなる
・このグラフは円グラフがいいのか?それとも棒グラフがいいのか?とツールの前で固まる
・スライドのタイトルは、もっと気の利いたものがいいのではないかと、何パターンも作り始める
このように「迷う」のは、単に時間を奪うだけではありませんでした。
心理学の世界では「決断疲れ(Decision Fatigue)」という概念があり、人は小さな決断を繰り返すだけで精神的なエネルギーを消耗してしまうことがわかっています。
日常のあらゆる場面で決断を求められると、それが積み重なることで脳はどんどん疲れていきます。これが「決断疲れ」と呼ばれるものです。スタンフォード大学経営大学院のレヴァヴによれば、「からだを使いつづけていると疲労するのと同じように、脳も使いつづけると精神が疲れる」のだといいます。
引用:心を強くする 思考力の鍛え方「決断疲れ」の対処法|関東百貨店健康保険組合
イスラエルの研究では、仮釈放を審査する裁判官が、午前中には約65%の案件を許可したのに対し、休憩なしで審議を続けた午後には許可率がほぼゼロになったというデータもあります。
つまり、「スライドの配色をどうしようか」と迷うこと自体が、僕の脳を疲れさせ、その後のより重要な戦略的判断の質を低下させていたのです。
「ちょっとくらいなら」と思った人もいると思いますが、こういう小さな決断や迷いが積み重なると、膨大な時間とエネルギーが奪われてしまうのです。
価値観が変わった瞬間 – 「完璧」と「成果」は別物だと知った日
きっかけは「まゆ毛」と「20分」の実験
そんな僕を救ってくれたのは、意外にも、仕事とは全く関係のない日常の習慣でした。
僕には水曜日と土曜日の週に2回、まゆ毛とほほ毛を抜くというルーティンがあります。いつもはダラダラと時間を気にせずやって1時間くらいかかっていました。ある日、ふと「試しに20分でやってみるか」と実験してみたのです。
そして、タイマーが鳴り、鏡を見る。そして、僕は愕然としました。「何も、変わっていない…」。
もちろん、厳密に言えば数本の抜き残しはあったかもしれません。しかし、それは『間違い探し』をしなければ分からないレベルの違いでした。
その瞬間、僕は自分の仕事部屋を思い浮かべていました。あのスライドの配色、あのメールの文面…。僕が費やしてきたあの膨大な時間は、この『数本の抜き残し』を探すためだけの時間だったのではないか?

核心的な気づき
成果が変わらない60分と20分の差、この40分は、一体何だったのか?
まさに「成果に影響しない、どうでもいい細部」にこだわっていた、純粋な浪費でした。この発見は、僕にとって雷に打たれたような衝撃でした。
「成果の変わらない時間に、自分は命(時間)を削っていたんだ」と。この現象を、僕は「まゆ毛・ほほ毛現象」と名付けました。
そして、この「まゆ毛現象」は、僕たちの仕事のあらゆる場面に潜んでいることに気づいたのです。資料の配色調整、メールの過度な推敲…。それらはすべて、僕の時間を奪う「まゆ毛」でした。
この発見は、後に知った「パレートの法則(80対20の法則)」とも驚くほど一致していました。
パレートの法則 (80 対 20 の法則) とは、20% の要因からおよそ 80% の結果が生まれるという現象を表す用語です。この記事では、タスクやビジネスの取り組みに優先順位をつけるために、パレートの法則をどのように利用できるかをご紹介します。
引用:パレートの法則を理解する: メリットや活用方法を具体例付きで解説|asana
「成果の80%は、全体の20%の重要な活動から生まれる」というこの法則に当てはめれば、僕が1時間かけていた眉毛の手入れのうち、成果につながっていたのは最初の数分だけで、残りの時間はほとんど成果に影響しない80%の活動だったのです。
「完璧主義」が生産性を下げる科学的根拠
僕の体験は、科学的にも裏付けられています。ひとつは「パーキンソンの法則」です。
「仕事の量は、与えられた時間を満たすまで膨張する」というこの法則は、時間をかければかけるほど、脳が無意識に「完璧」の基準を釣り上げ、不要な作業を増やしてしまうことを示しています。(参考:Asana)
また、ハーバード大学の研究ブログによると、完璧主義者は失敗への恐れからタスクの着手を遅らせ(先延ばし)、結果的に生産性を著しく下げてしまう傾向があることも指摘されています。僕が「後手後手」に陥っていたのは、まさにこの典型だったのです。
「脱・完璧主義」がもたらした、仕事と心の「余裕」
僕の仕事はこう変わった:「80点でまず出す」という新ルール
「まゆ毛現象」の発見以来、僕の仕事の進め方は180度変わりました。
「100点を目指して一人で抱え込み、ギリギリで提出する」というスタイルを捨て、「80点の完成度で『たたき台ですが、いかがでしょうか?』と早めに相手に投げる」という新ルールを導入したのです。
驚いたことに、この方が結果的に早く、質の高いアウトプットに繋がりました。
フィードバックを早期に得ることで手戻りが減り、相手を巻き込むことで、より良いアイデアが生まれるからです。この考え方は、Facebook創設者のマーク・ザッカーバーグの有名なモットー「Done is better than perfect. (完璧より完了)」にも通じます。
手に入れたのは時間だけじゃない。「先手先手」で動ける精神的余裕
タスクが早く終わることで、単純に「時間」が生まれました。
しかし、それ以上に大きかったのは「心の余裕」が生まれたことです。納期に追われる「後手後手」の状態から解放され、常に一歩先を考えて動ける「先手先手」の状態に変わったのです。
「このToDoは来週でもいいけど、今アウトラインだけ作っておこう」と、未来の自分を助ける行動が自然に取れるようになりました。
心が軽くなり、ぐっすり眠れる日が増え、趣味のゴルフにも前向きに取り組めるようになったのです。この精神的余裕こそが、新しい営業に挑戦したり、torifのブログを更新したりといった、未来への投資活動を可能にしてくれた、最大の収穫でした。
結論:本当の価値は、「細部」ではなく「次の一手」に宿る
「完璧な100点」より「改善し続ける80点」
僕たちが目指すべきは、一度で完璧なものを出すことではありません。
80点で素早く出し、フィードバックを得て90点にする。その過程で得た学びを、次の新しい80点の仕事に活かす。この「改善のサイクルを回す速度」**こそが、変化の激しい現代のビジネスにおける真の価値だと、僕は考えています。
完璧な100点の資料を1ヶ月かけて作るより、改善を繰り返した80点の資料を3週間で納品する方が、クライアントのビジネスをより早く前に進めることができるのです。
あなたが今日からできる、最初の小さな一歩
完璧主義は、長年の思考の癖です。それを手放すのは、少し怖いかもしれません。「手を抜いている」と評価されるのではないか、と。僕もそうでした。
だからこそ、まずは誰にも迷惑のかからない、自分だけのタスクで試してみませんか?
明日から急に変われるものではありません。だからこそ、まずはたった一つ、試してみませんか?あなたが今、こだわっているその「細部」。一度、勇気を出して手放してみる。
次のタスクに、スマートフォンのタイマーで「60分」と設定して、何が何でもその時間で「完了」させてみる。完璧じゃなくていい。まずは「完了」させてみる。そこに、あなたの新しい景色が待っているはずです。

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